最終日となった本日。昨日までで、主な行事は終了されており、日程の変更などもあり、午前中、世界的に有名な万里の長城へ出向く。宇宙からも見える世界的な遺産として万里の長城はともかく1度はいってみたいと皆が思う場所である。


「八達嶺」めざして


万里の長城「八達嶺」の裾野からスタート


昨日のこの地域は氷点下-17度の極寒だったそうだが、少し寒さも和らぎ、氷点下-7度近い寒さである。万全の寒さ対策をして、北京市内より高速にのり、約1時間20分で有名な万里の長城の「八達嶺」に到着。


かなり上に登る


上からみる万里の長城


登りきったメンバー(でもまだ頂上ではない)


皆で万里の長城を登るが、急な山々にこれだけの防御壁を作ったのかと思うと想像を絶する。スケールの大きさと歴史の重みを感ずる。

「万里の長城は中国歴代王朝が北方遊牧民族の侵入を防ぐために築いた巨大な城壁だが。古くは紀元前3世紀の秦の時代、その後17世紀、明の時代にいたるまで、それぞれの王朝が時々の状況に応じて営々と築いてきた。すべての時代のものを合わせると5万キロを超えると言われ、地球を一周するよりも長い人類史上最大の建造物。」(下記参照)

約40分近くまで登り、下山するが、貴重な体験で感激する。


中国の子ども達


宿泊先の北京飯店


万里の長城見学を終え、一路日本へ帰るため、空港へ向う。最後まで中国の全青連の方々や日中友好会館・外務省等の方々にお世話いただき、感謝である。


北京空港


夕方の便で中国を出発。夜21時過ぎ成田着。自宅に着いた頃は深夜になってしまったが、3日間、素晴らしい人達との出会い等、かけがえのないを体験をできた事は本当にありがたく、感謝で一杯である。とともに、これを第1歩に更なる日中友好促進へ取組んでまいりたい。


「居庸関」(バスから見る)


*万里の長城について* (AraChainaの紹介記事より)

『万里の長城は紀元前7世紀の春秋時代から明代まで、約2000年以上に渡り造成を重ねてきた。現存するものの大部分は、明代の建造で、総延長約6000キロの世界最大の城壁で、衛星写真でもはっきりと見ることができる。1987年に世界遺産登録されている。

現在の形の長城は秦の時代に、各国で作られていたものををつなぎ合わせた「秦の始皇帝」がその始まりで、その後、特に漢、明時代に堅固な城壁が作られた。明の時代には、西は「嘉峪関」から東は「山海関」、更には遼寧省の北朝鮮国境まで延長された。

また北京近郊の長城は二重に築かれている。北京近郊の長城は、石やレンガで作られた重厚なもので、敵監視台、狼煙台などが均等に分布しており、芸術性も高い。

長城が造成された目的は、北方騎馬民族の進入を防ぐ為で、初期の長城は紀元前5世紀の周時代に建造が始まったといわれる。
現在、観光地として公開されている長城は、「八達嶺」「幕田峪」「司馬台」「金山嶺」「居庸関」「黄崖関」「山海関」「嘉峪関」などで、その中でも「八達嶺」は北京から比較的近く気軽に行けるので、最も人気がある。』