「東洋のマチュピチュ」と言われているマイントピア別子・東平(とうなる)ゾーンを視察。

標高750mの山中にある東平は、大正5年から昭和5年までの間、別子鉱山の採鉱本部が置かれ、社宅・小学校・劇場・接待館が建てられるなど、昭和43年に休止するまで町として大変な賑わいをみせていた。当時は約3800人が暮らしていた。


坑道内で使用された車両など見学(菅原さんの案内)


東平歴史資料館内


東平歴史記念館を菅原さんの案内で見学。

東平の歴史や往時の生活文化をジオラマ、地形模型、写真、映像などにより紹介し、銅に係わる製品や鉱石なども展示されており、大変興味深い。菅原さんの説明もわかり易く、大変参考になる。


花崗岩造りの東平貯鉱庫の遺構


ひときわ目を引く「索道基地・貯鉱庫跡」重厚な花崗岩造りが、「東洋のマチュピチュ」と称されている。

重厚な産業遺跡の歴史と存在感また自然の素晴らしさに感動である。


東平索道停車場の遺構


観光客も2008年8500人から本年は8月までで、約4万人と急増している。


上から見る索道停車場跡


産業遺跡の教育的価値は高く、さらに啓発促進や地元観光業活性化のためにも道路整備など改善も必要。

世界遺産登録も目標もあり、ふるさとの文化遺産これからが楽しみだ。