江戸、明治期の海運を担った「北前船」ゆかりの都市が交流する「第20回北前船寄港地フォーラムinおかやま」(岡山、瀬戸内、倉敷、玉野市と山陽新聞社などでつくる実行委主催)が14日と15日、全国54自治体と観光関連企業などの約500人が参加して岡山市・瀬戸内市で開催されました。

 北前船寄港地フォーラムは、かつて大阪と北海道を瀬戸内海や日本海を経由して結んだ北前船の寄港地同士の連携や交流による活性化を目的として、平成19年から全国各地で開催されています。今回で20回目。
私は15日の瀬戸内市牛窓町公民館で開催されたシンポジウムから出席。
シンポジウムでは、瀬戸内市の武久顕也市長の開会挨拶。韓国・釜山からの参加者紹介・挨拶。
基調講演「朝鮮通信使と瀬戸内海上交通」岡山大学名誉教授 倉地克直氏。パネルディスカッション「世界に誇れる瀬戸内海観光の展望~日本のエーゲ海から~」と内容のあるシンポジウムでした。

夜は後夜祭。実行委員長の越宗孝昌会長の開会挨拶。
4人の市長(岡山市大森市長・倉敷市伊東市長・玉野市黒田市長・瀬戸内市武久市長の挨拶の後、来賓として挨拶致しました。
韓国のアトラクション等、素晴しい瀬戸内海の景色と共に多くの方々と交流を深める機会となりました。

【北前船と岡山】

 北前船は、江戸時代中期から明治時代中期まで、北海道と大阪を日本海を経由して運行されていた廻船で、広範囲の物流ネットワーク機能により、途中の寄港地を結んで瀬戸内海及び日本海側の経済圏が形成され、各地の文化の形成にも大きな影響を与えました。
岡山にも、岡山藩の海の玄関口として栄えた北前船の寄港地・牛窓(瀬戸内市)や下津井(倉敷市)、日比(玉野市)などがあり、牛窓で降ろされた物資は岡山城下へ運ばれておりました。また、下津井は、北前船の寄港地として栄え、その北前船から仕入れたニシン粕は綿花の肥料として使われてきました。ニシン粕は綿花の栽培に欠かすことが出来ないものであり、これが繊維の町としての今日の繁栄に繋がっています。